Inochi labo.+ library No.2
(いのちラボプラス ライブラリー・ナンバー2)
孤独な、しかし豊かな日々
『病と障害と、傍らにあった本。』
人が真に本を求めるのは、どんなときだろうか。それは、舗装された平坦な道を疑いなく進んでいるような、順調な日々を送っているときではない。そこから放り出されて、だれにも代わってもらいようのない、自らの病や障害に直面するとき、孤独にあえぐときだろう。そのときはじめて、言葉との抜き差しならない真摯な関係が紡がれる。そして、他者の言葉に出会い共振することで、自分の道を自ら創って歩むような、大きな読書体験が生まれるのだろう。
本書には、各界で活躍する12人が、病や障害、また介護の当事者として生き、またそのときに傍らにあった本との豊かな関係を記した、書下ろしのエッセイが集められている。
「本当に心の底から思ったこと、感じたことには光が宿されている。それはどんな閉塞した状況であっても、自分の人生を前に回転させていく動力になっていくのではないかと思います。光、火花が生まれるのは反応するからです。命の奥底にあるかすかな光も、他者の真の言葉に出会うことで火花が生まれ、自ら燃える生きる灯火になっていくのです。」
筋ジストロフィーの詩人、岩崎航さんの言葉だ。
病や障害に向き合う日々は、暗く苦しいのか。けっしてそうではなくて、そこには魂を交わらせる深い出会いがあり、華麗で苛烈な精神の饗宴がある。
聴覚に障害のある写真家、齋藤陽道さんは吉野弘の詩を引用する。
「私も あるとき
誰かのための虻だったろう
あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない」
言葉は、そして存在や想いは時間を超えて交じり合い、だれかの明日をつくっていく。
この本をつくられたのは里山社の清田麻衣子さんだ。清田さんとお話しすると、双極性障害との診断を受けたパートナーの写真家、田代一倫さんとともに生活するなかから生まれてきた企画だそうだ。病気や障害を得ると、健康であることが強迫的に要請されているような社会とは切り離され、隔離されたような感覚が生じてしまうのではないか。その距離をつなぎたかった、という。
母親がALS(筋萎縮性側索硬化症)であり、ALS介護モデルの礎を築いたさくら会の川口有美子さんは、苦しんでいたとき、主治医に神谷美恵子の本を手渡され、余白に自分のための書き込みのあるそれを、手元から離さずにずっと持っておられたという。
「たとえもし自分で自分の生の意味がわからなくても、その意味づけすらも大いなる他者の手にゆだねて、『野のすみれのように』ただ咲いていることにやすらぎとよろこびをおぼえるであろう。」(神谷美恵子)
必ずしもそこに書かれている言葉の意味ではない。ただ存在自体の感応が、存在を支えていく。読書も、介護も、そこに通底するものがあると思える。
平坦なばかりではない、ときに急峻にそそり立つ、われらの生命の道。そのすべての行程を愛する人に、読んでもらいたい一冊。
※斜線部分は本書より引用
(土屋パブリッシング編集部・大山景子)
「病と障害と、傍らにあった本。」
齋藤陽道・頭木弘樹・岩崎 航・三角みづ紀・田代一倫・和島香太郎・坂口恭平・鈴木大介・與那覇 潤・森 まゆみ・丸山正樹・川口有美子/
里山社/
本体2,000円+税