TSUCHIYA PUBLISHING

いのちにふれる

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日々の宝物を拾って    ―編集日記 Editorial Diar

にんじん買ったと思ったけどな~  大山景子

にんじん買ったと思ったけどな~と

冷蔵庫を探っていて、思い出した。

アテンダントとして私を育てていただいた

クライアントのひとりにA子さんがいる。

頸椎損傷で首から下が動かない。

とても知的な感じのする人で、おうちに行くと、

なんというか精神的に気高いものが空間に満ちているような気がした。

湿度がいつも高めに設定されていて、部屋に入ると、

ふわっと水槽に入ったような居心地のよさを感じた。

あたたかく、気さくな方だったが、

かけていただく繊細な気遣いの網には、いつも緊張感があった。

ある日、A子さんに、先輩アテンダントがしていた話をした。

「てっきり、にんじん買ったと思ったのに、それは●●さん(クライアント)のおうちで買ったんだった。

うちじゃなかった! もう、わかんなくなっちゃうわ! あはは」という話。

それを聞いて、A子さんは愉快に、とても楽しそうに笑った。

わたしはちょっと意外で、うれしくなった。

どんなサービスを受けたいか、というのがクライアントにはそれぞれにあると思う。

A子さんは、アテンダントが、そういう忙しくちょこまかちょこまかしているうちに、

クライアントと自分の家との境がなくなるような状況が愛おしいんだな、と思った。

A子さんは若い頃に事故で頸椎を損傷された。

心身ともに、深く苦しまれたと思うし、

回復までに何を感じられてきたか、私の想像を超えている。

お話していると嵐を通り越したあとの、透徹した精神のさわやかさが感じられて、

いっしょに時間を過ごすと、影響を受けた心が鳴るようだった。

私はそのとき交通事故からの回復の途中で、

A子さんの足を持ち上げて体操をするときに、

ふらふらして気持ちが悪くなったりした。

クレームがきても仕方ないと思うが、A子さんは一言もそんなことはいわず、

私の体を心配し、かばうように見守ってくださった。

いま、私も仕事に復帰するのに、ベビーシッターの先生に来てもらっている。

お部屋を掃除しなきゃと最初緊張して迎えたが、だんだん慣れてきて、

部屋が公共の場みたいになってくるのが新鮮で楽しい。

最初気づかなかった先生のお茶目な性格などがみえてきたりして、

先生のリラックスした生きる時間もこの部屋に流れ出しているのを感じる。

私「どーぞ」

先生「あ、すみません」

カップも来客のものを用意したりして、お茶を入れるタイミングなど最初は気にしていたが、

ある日、オンライン会議をしていると、背後にあたたかい気配を感じて、ふりかえると

そこにはお盆をもった先生とお茶の湯気があった。

先生「どーぞ」

私「あ、すみません」

もてなすのがどちらかわからなくなっていく。

もし、ベビーシッターに来てもらわないといけない環境になかったら、

この出会いはなかったんだなあ。

弱さゆえにできる人のつながりがある。

共同体は、弱さゆえにできてきたと思える。

しみじみ、それは恵みと思える。

2022年2月15日